この記事を読んでわかること
・脊髄損傷の治療の考え方について
・脊髄損傷に対する治療の歴史
・自己複製能と多分化能
神経細胞は一度損傷すると再生が難しい細胞であるため、脊髄損傷による麻痺などの神経症状は今に至るまで不可逆的であるとされてきました。
しかし、近年の急速な再生医学の進歩に伴い、これまで再生不可能と思われていた中枢神経損傷に対する治療研究に注目が集まっています。
そこで今回は、脊髄損傷における最新の治療法に関して詳しく解説していきます。
脊髄損傷の治療の考え方
脊髄には運動を司る運動神経や感覚を司る感覚神経、さらに血圧や脈拍、体温や睡眠、排尿や排便など多くの生理機能を司る自律神経が走行しており、交通外傷や転倒によって脊髄が損傷されると、多くの神経症状が出現します。
特に、麻痺やしびれ、呼吸機能や循環機能への障害は日常生活のみならず生命維持にも影響を与えるため、脊髄損傷に神経症状の程度によっては命の危険性もある怖い病気です。
ではどのように神経症状が出現するのでしょうか?
実際に受傷した際の脊髄への直接的な打撃による1次損傷によって神経細胞は破壊されてしまいますが、その直後から始まる2次損傷として炎症性サイトカインの放出や酸化ストレス、微小循環不全などによって脊髄周囲の組織まで破壊、壊死されてしまいます。
この2次的な反応は受傷数週間継続し、これにより広範囲の神経細胞が障害されることになります。
以上のことからも、脊髄損傷時の神経症状に対する治療としては、いかに2次損傷を抑えることが出来るかにかかっていて、実際にそれに対する治療が多く開発されてきました。
脊髄損傷に対する治療の歴史
急性期の2次損傷の主たる原因である炎症性サイトカイン、TNF-αやIL-6の分泌を抑制することが神経症状に対する治療として非常に重要です。
これらの分泌を抑制、もしくは中和するような薬が今までに多く開発されてきました。
また2次損傷の拡大を防ぐための手術療法も標準治療として行われてきました。
またこう言った神経保護に注目が集まる一方で、損傷を免れた神経軸索が伸展し、迂回路として破綻した神経回路の機能再生に寄与していることが知られています。
しかし実際には軸索伸展阻害因子が存在し、損傷を免れた神経軸索の伸展が非常に限定されるため、神経機能が回復しないことがほとんどです。
そこで、軸索伸展阻害因子の機能を阻害する薬が今まで複数開発されてきました。
しかし、これら多くの治療はあくまで2次損傷拡大の予防であり、一度損傷した神経細胞の再生は困難でした。
そこで近年、神経細胞を直接再生させる再生医療の分野が非常に注目されてきています。
脊髄損傷に対する再生医療
そもそも再生医療とはどんな治療なのでしょうか?
一言で言えば、身体機能を失った部位を医学的に再生させ、その部位の機能を修復する治療方法のことです。
もちろん解剖学的な再生のみならず、機能的にも再生しなくては意味がありません。
再生医療の分野ではこれまでに、生きた細胞や人工材料、遺伝子を入れた細胞などの様々な材料を用いて、高度な医療技術を駆使して損傷部位の再生に注力してきました。
再生医療に用いられるべき細胞には、自己複製能と多分化能が必要であり、実際に材料として使用されてきたのは、胎児脳組織やES細胞、iPS細胞などです。
自己複製能とは、自分と同じ能力を持つ細胞に分裂する能力、つまりコピーを作り出す能力のことです。
多分化能とは、皮膚、血液、神経、血管、骨、筋肉などの様々な細胞に変化する能力のことです。
例えば火傷で損傷した皮膚は、その後幹細胞が分裂を繰り返すこと(自己複製能)で増殖し、さらに皮膚の細胞に分化(多分化能)して、徐々に新しい皮膚が作り出され再生していきます。
このように、組織の再生には自己複製能と多分化能が必須なのです。
胎児脳組織の細胞やES細胞はどちらも自己複製能や多分化能を有していますが、中絶胎児や不妊治療の余剰胚から抽出する必要があるため、倫理的な問題があります。
しかし2007年に発表されたiPS細胞は、体細胞に複数の遺伝子を注入し初期化することで人工的に作られた自己複製能と多分化能を持つ細胞であり、倫理的問題も少ないです。
2012年にはヒト由来iPS細胞のマウスや猿への移植に成功し、2021年12月にはヒトへのiPS細胞の移植が行われ、今の所成功を収めています。
いよいよiPS細胞による再生医療が、実臨床への応用へ着実に歩みを進めてはじめているのです。
まとめ
今まで脊髄損傷に対する治療の多くは2次損傷の拡大を予防するためのものであり、一度損傷した神経細胞は基本的に回復することが難しいのが現状でした。
合併症として神経症状が出た場合、それらの症状と付き合っていく他ないのが今までの現状だったのです。
しかし、近年では再生医学の進歩が目覚ましく、損傷した神経細胞の形態や機能そのものを代替えできるような細胞が研究、発見され、徐々に臨床への実用化が進んでいます。
特にヒト由来iPS細胞は、倫理的問題も少なく期待されています。
また、そのほかにも幹細胞を用いた再生医療はすでに実臨床で行われています。
自身の骨髄内の自己幹細胞を取り出し、培養して増殖させたものを体に戻すことで損傷した細胞を再構築する再生医療では、一度損傷した神経細胞やその機能が再び蘇る可能性があると期待されています。
よくあるご質問
脊髄損傷の寿命は?
脊椎損傷患者では、長期的に見て心血管系合併症や呼吸器系合併症、泌尿器系合併症などが寿命に影響します。
これらの合併症が原因で死亡する人も多く、平均寿命で示すと完全四肢麻痺では50〜59歳、完全対麻痺では60〜65歳と言われています。
近年の医療の発達に伴い、寿命は延長傾向にあります。
脊髄損傷の生活への影響は?
麻痺の程度にもよりますが、基本的に歩行、移動、体位変換などの基本的な日常生活動作が困難になってしまいます。
損傷部位によっては自発呼吸が困難になり、人工呼吸器なしでは生きられない体になってしまうこともあります。
排泄機能も障害されるため、オムツや導尿が必要になります
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