この記事を読んでわかること
・治験とは何か?
・脊髄損傷に対する再生医療による治験について
・幹細胞を用いた治験について
外傷によって損傷を受けた脊髄細胞は、かつては治ることはないと信じられていました。
しかしiPS細胞の発見に始まり、さまざまなタイプの幹細胞を用いた再生医療が進歩し、現在では複数の治験(臨床試験)が行われています。
特に札幌医科大学で行われた自己骨髄間葉系幹細胞による治験では、予想以上の回復を認めたため、予定よりも少ない人数で治験を終了。
その後厚生労働省の承認を得て、保険診療として治療できるようになっています。
治験とは何か?
最初に、治験とはどのようなものかについて解説します。
治験とは、臨床試験と呼ばれる医療分野における研究の一種です。
臨床試験とは、医学的な介入を評価することを目的としており、人間を対象に行われる研究です。
臨床試験では、薬や食事療法、医療機器などの治療法が、人々にとって安全で効果的であるかどうかを研究者が確認するための主要な手段となっています。
多くの場合、臨床試験はその治療法が標準的な治療法よりも効果的か、あるいは有害な副作用が少ないかを知るために行われます。
この臨床試験のなかで、特に新しく開発された薬について深く調べることを目的とした研究が治験であり、最終的には厚生労働省から医薬品として製造や販売の許諾を得るために行われます。
治験の4段階
新しい治療を実際に使用できるようになるため、通常4つの段階を経て進められています。
まず非臨床試験と呼ばれるフェーズでは、動物実験を行い、その薬剤の効果や毒性を調べています。
この段階を経て、人に対する臨床試験を行うことが許されます。
厚生労働省は、医薬品の使用を承認できるかどうかを判断するために、通常は第I相、第II相、第III相の治験を実施することを要求します。
第I相試験では、少人数の健康な人たちで実験的な治療を行い、その安全性と副作用を判断し、正しい薬の投与量を見つけるために行われます。
第II相試験は、より多くの人々に対して使用します。
第I相試験が安全性にかなり重点を置いているのに対し、第II相試験は安全性に加えて有効性にも重点を置いています。
そしてこの段階では、特定の病気のある人々に、薬が効くかどうかの予備的データを得ることを目的としています。
第III相試験は、安全性と有効性に関するより多くの情報を収集し、異なる集団と異なる用量を研究し、他の薬剤と組み合わせて使用します。
被験者の数は通常、数百人以上です。
治験の結果は、厚生労働省に申請し、審議を受けます。
その後その治療薬が有効かつ安全であると厚生労働省が認めた場合、実験的な医薬品または機器が承認されます。
なお、承認され、販売が開始された後も継続して調査を行い、より多くの方に使用した結果、想定していなかった副作用やさらに効果を検証しています。
脊髄損傷に対する再生医療による治験について
脊髄損傷とは、外傷により脊椎のなかを通る、脳と手足を結ぶ神経繊維が切断され、手足の麻痺や感覚障害、排尿や排便のコントロールができなくなってしまう状態です。
状態によっては、呼吸を自力ですることさえも困難となります。
これまで脊髄神経は損傷すると回復は不可能と信じられていましたが、最近再生医療を利用することで、損傷された脊髄神経が再生し、失われた機能が回復することがわかってきました。
脊髄損傷に対するiPS細胞を用いた治験について
この再生医療には、さまざまな種類の細胞に分化する能力を持つiPS細胞を利用した方法があります。
脊髄損傷に対しても、慶應義塾大学と複数の医療機関が連携し、マウスやサルで確かめられた治療効果を、実際の人間に適用させる治験が検討されています。
脊髄損傷に対する間葉系幹細胞を用いた治験について
この他にも、脊髄損傷の方に対し、間葉系幹細胞を用いた治験も行われています。
この間葉系幹細胞にも複数の種類が存在しますが、脊髄損傷に対して利用が検討されているものは、脊髄や脳細胞の元となる間葉系幹細胞を、骨髄あるいは脂肪から集めて利用します。
いずれも治療を必要とする本人から採取しますので、それぞれ自己骨髄間葉系幹細胞、自己脂肪組織由来間葉系幹細胞と呼ばれています。
治療を受ける本人から採取して用いますので、比較的安全性が高い方法だと考えられています。
脊髄損傷に対する自己骨髄間葉系幹細胞を用いた治験について
このうち、自己骨髄間葉系幹細胞を用いた治験が札幌医科大学を中心に行われています。
実際のところは、札幌医科大での脊髄損傷に対する自己骨髄間葉系幹細胞を用いた治験は、すでに受付を終了していますが、どのようなことが行われていたのか解説します。
札幌医科大でこの治験が開始されたのは、2014年1月のことです。
この治験では、脊髄損傷を発症して14日以内の20〜65歳の人のうち、特に神経障害の程度が重い人たちを対象にしています。
当初は30人を目標に行われた第II相試験ですが、想定以上の効果を認めたこともあり、13人ほど集まったところで、2017年に終了となっています。
この治験では、自己骨髄間葉系幹細胞を注入後6ヶ月の時点で、13人中12人に神経学的改善が見られました。
特に注入前に完全に麻痺状態であった6人の患者のうち、5人が不全麻痺レベルにまで改善しました。
中には注入した翌日から機能回復を認めた人もいました。
このような成果を受け、2018年6月には細胞製剤としての使用を厚生労働省に申請、半年後の2018年12月には製造販売が期限つきで承認され、現在は保険診療としても認められています。
その後、発症後半年以上が経過し、慢性期に入った脊髄損傷の方への第II相試験が2018年2月以降、さらに2021年4月からは、麻痺の程度が比較的軽いものの、受傷後6〜8週間が経過しても障害の完全回復が望めない人への第II相試験も、札幌医科大学において開始されています。
なおここでご紹介した以外にも、骨髄間葉系幹細胞由来のMuse細胞という多能性幹細胞もあり、脊髄損傷の亜急性期にある方達を対象とした治験も東北大学を中心に始まっています。
まとめ
脊髄損傷に対する再生医療を用いた治験の現状をご説明しました。
これらの治療は、まだ現在のところでは特定の医療機関でしか受けることができません。
ただ近い将来、日本の至るところでその恩恵を受けることができるようになると考えられています。
その日が来るまで、私たちも積極的に再生医療に取り組んでいきたいと考えています。
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