この記事を読んでわかること
・脊髄損傷における損傷のメカニズム
・脊髄損傷後急性期のステロイド治療
・メチルプレドニゾロンを使用したアメリカの研究
脊髄損傷後は、神経細胞が直接傷つけられる一次損傷、また炎症等の影響を受けて傷つけられる二次損傷が生じます。
神経機能を回復させるためには、二次損傷の予防が重要で、抗炎症作用を持つステロイドの効果が期待されています。
過去の大規模調査の結果によると、受傷後3時間未満と8時間未満で投与方法の違いはありますが、高用量メチルプレドニゾロンは神経機能の回復に効果があると考えられています。
脊髄損傷における損傷のメカニズム
脊髄損傷は、一次損傷と二次損傷に分類されます。
一次損傷は、椎体などによる脊髄神経への直接的な圧迫や外力による神経の切断などが原因となっており、神経細胞や血管に損傷が加わる機械的損傷です。
一次損傷では、神経細胞はそれなりの損傷を受けますが、通常全ての神経細胞がダメージを受けるわけではなく、生き延びる神経細胞もあります。
そして受傷者の神経機能の回復を目指すためには、この残された神経細胞をいかに温存し、守っていくかが重要です。
ところが一次損傷が生じた後、すぐに二次損傷が始まることがわかっています。
二次損傷によって損傷部位が拡大して神経機能が悪化するので、脊髄損傷後の治療の焦点は、二次損傷を回避し抑制することにあると言っても過言ではありません。
二次損傷は発症してからの時間経過から、急性期(48時間以内)、亜急性期(2~14日)、 中間期(14日~6ヶ月)、慢性期(6ヶ月以上)に分けることができます。
このうち急性期には、傷害部位に炎症細胞が浸潤し、浮腫や出血、虚血が生じます。
この過程には、炎症性サイトカインが関与していることもわかっています。
特に急性期は、炎症をコントロールすることが、その後続発するダメージを最小限に留める秘訣です。
そこで、抗炎症作用を持つステロイドを急性期に高用量で使用する治療法が考案され、その効果が注目されるようになりました。
脊髄損傷後急性期のステロイド治療
ここで、脊髄損傷後急性期に高用量のメチルプレドニゾロンを使用したNational Acute Spinal Cord Injury Studies(NASCIS)というアメリカの研究をいくつかご紹介します。
NASCIS Ⅰ研究
1984 年に発表された NASCIS I研究では、脊髄損傷後48時間以内の患者330名に低用量(100mg急速投与、100mg/日)あるいは高用量(1000mg急速投与、1000mg/日)のメチルプレドニゾロンを使用し、神経学的な予後の改善に対する効果を比較しています。
その結果、用量の違いは神経学的改善に差を与えなかったばかりか、創傷感染や敗血症等の合併症が、高用量メチルプレドニゾロンを使用した群でより多く発生していました。
NASCIS II研究
NASCIS Ⅰ研究の結果、一時ステロイドの効果には疑問がもたれるようになりました。
しかし脊髄損傷に対して、そのほかに効果的な治療法が特段なかったこともあり、1990年にNASCIS II研究が実施されています。
NASCIS II研究では、脊髄損傷後12時間以内の患者487名に対し、メチルプレドニゾロンをまず最初の1時間で30mg/kg急速投与し、その後23時間で1時間に5.4mg/kgを持続点滴する群とプラセボ群等にランダムに分け、比較検討されました。
その結果、脊髄損傷後8時間以内にメチルプレドニゾロンを使用した場合は、運動と感覚の回復が有意に改善されました。
NASCISⅡ研究は、脊髄損傷後の薬物の治療効果を示した最初の臨床研究で、世界各地の脊髄損傷後のステロイド療法のスタンダードな治療法となりました。
NASCIS III研究
NASCIS III研究では、脊髄損傷後8時間以内の499名の患者を対象に、メチルプレドニゾロンの使用期間を比較し、さらにメシル酸ティリラザドの効果を検討しています。
メシル酸ティリラザドは、ステロイドの合併症を伴わない脊髄損傷に対する効果が期待されている薬剤です。
この試験では、研究の参加者をランダムの3つの治療群に分けています。
メチルプレドニゾロンを使用した群は、最初の1時間にメチルプレドニゾロンを30mg/kg急速投与し、その後1時間あたり5.4mg/kg のメチルプレドニゾロンの持続点滴を23時間行う群、あるいは47時間行う群に分けています。
またもう1群は、初回からメシル酸ティリラザドを6時間ごとに2.5mg/kg、48時間継続しました。
その結果、運動と感覚の回復は、脊髄損傷後3時間以内に治療を開始した場合、3群とも同様の効果を示しました。
特にステロイドの効果については、脊髄損傷後3時間以内にメチルプレドニゾロンを開始し24時間輸液を行った患者では1年後に神経機能の改善が認められました。
また受傷後3時間をすぎていたとしても、8時間以内にメチルプレドニゾロンを開始し、その後48時間輸液を行っていれば、機能の改善が認められました。
NASCIS研究の結果を受けて
NASCIS研究では、研究の内容に不備がみられることなどから、データの解釈と結論について批判的にみる人たちもいます。
またステロイド使用後の合併症の発生率の増加は統計的に有意ではありませんでしたが、総感染率、肺塞栓症、敗血症、さらには呼吸器合併症による二次死亡が高い可能性が指摘されています。
ただいずれにしても、現時点ではその内容を科学的、かつ批判的に吟味された、世界で最も大規模な研究であることは間違いないでしょう。
結論としては、NASCIS研究により、以下のことが明らかになっています。
治療は、最初の1時間にメチルプレドニゾロンを30mg/kg急速投与することから開始する。
- 受傷後3時間未満の患者には、メチルプレドニゾロンの 24 時間投与が最適である
- 受傷後3~8時間の患者には、メチルプレドニゾロンの 48 時間使用が最適である
まとめ
神経機能が回復するというメリットの方が大きいものの、ステロイド治療のリスクは決して軽微なものではありません。
感染症などの合併症の発生率が高くなることが報告されています。
再生医療は、この合併症を最小限にし、かつステロイドによる治療よりも高い効果が期待できる、最善の治療ともいえるものです。
1日も早い実用化が待たれるところです。
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