この記事を読んでわかること
・脂肪由来幹細胞治療の基本原理とメカニズムについて
・脂肪由来幹細胞治療の変形性膝関節症に対する治療効果はどのようなものか
・幹細胞治療が適応となる疾患について
脂肪由来幹細胞治療は、採取した脂肪から幹細胞を培養、抽出し、損傷した組織に注入することで効果を発揮する治療法です。
変形性膝関節症をはじめ、さまざまな疾患に対して効果が期待されています。
今回の記事では、脂肪由来幹細胞治療の効果や適応疾患、さらに同じ再生医療である骨髄由来幹細胞治療の良い適応疾患についても触れていきます。
脂肪由来幹細胞治療の基本原理とメカニズム
脂肪由来幹細胞治療(ADSCs:Adipose-Divised Stem Cells Therapy)は、脂肪組織から採取した幹細胞を用いた再生医療の一種です。
これらの幹細胞は、損傷した組織や器官の修復を促進する能力があります。
以下に、その基本原理とメカニズムを説明していきます。
基本原理
- 幹細胞の多能性:脂肪由来幹細胞は多能性(たのうせい)、つまり、様々な種類の細胞に分化する能力を持っています。
この能力により、損傷した組織に応じて必要な細胞型に変化することができます。 - 自己修復能力の活用:体内には自然に修復機能が備わっていますが、重度の損傷や疾患ではその能力が不十分な場合があります。
脂肪由来幹細胞を用いることで、これらの修復プロセスを強化し、組織の再生を促進することができます。
メカニズム
- 採取と培養
- 患者自身の脂肪組織から幹細胞を採取し、特定の培養条件下で増殖させます。
これにより、必要な量の幹細胞を確保することができます。 - 移植
- 増殖させた幹細胞を、損傷した組織や治療対象の部位に移植します。
これにより、損傷した組織の修復や再生が促進されます。 - 分化と再生
- 移植された幹細胞は、周囲の環境やシグナルに応じて必要な細胞型に分化します。
また、成長因子や細胞間シグナルという細胞同士の情報伝達を介して、組織の再生を促進します。 - 免疫調節作用
- 脂肪由来幹細胞は、免疫系に対して調節作用を持つことが示されています。
これにより、炎症の抑制や組織の修復プロセスが促進されます。
変形性膝関節症への治療効果と患者事例
変形性膝関節症は、脂肪由来幹細胞治療が有効とされる疾患の一つです。
この治療法は、軟骨の再生を促進し、抗炎症作用、疼痛緩和の効果があることから、膝関節の痛みや機能障害を改善することが期待されています。
今回は、変形性膝関節症に対して、自己脂肪由来幹細胞(ADSCs)と、自己細胞外マトリックス(ECM)を用いた変形性膝関節症の治療に関する論文における症例についてご紹介しましょう。
この論文では、膝関節症患者12名(平均年齢 58.4歳)を対象に、脂肪組織から採取したADSCsを自己ECMとともに関節内に注入しました。
注入前後でMRIを用いた軟骨の厚さの測定、疼痛スコア(VAS)、機能スコア(WOMAC)などを評価しました。
結果として、注入後12か月で、MRIにより軟骨の厚さが増加したことが確認されました。
また、VASおよび機能スコアWOMACが有意に改善しました。一方で、治療による重篤な副作用は報告されなかったということです。
この研究では、自己脂肪組織由来幹細胞(ADSCs)と自己細胞外マトリックス(ECM)を用いた治療法は、膝関節症における軟骨の再生と機能の改善に有効である可能性が示されました。
そして、著者らは、この研究は、膝関節症における再生医療のアプローチとして、自己脂肪組織由来幹細胞と自己細胞外マトリックスの組み合わせが有望であることを示唆していると結論づけています。ただし、より大規模な研究と長期的な追跡調査が必要であるとも述べています。
幹細胞治療が適用されるその他の疾患一覧
脂肪由来幹細胞治療は、その多様な治療効果と比較的容易な採取方法から、整形外科、美容外科、心血管疾患、神経疾患など、幅広い分野での応用が期待されています。
実際に、脂肪由来幹細胞治療は、変形性膝関節症以外にも、以下の疾患に対して有効性が検討されています。
- 動脈硬化症
- 冠動脈疾患や末梢動脈疾患などの治療において、血管の再生や機能の改善が期待されています。
- 慢性腎疾患
- 腎機能の低下や腎臓病の進行を抑制する効果が報告されています。
- 脱毛症
- 毛髪の再生や脱毛の抑制に対する効果が期待されています。
- アトピー性皮膚炎
- 炎症の抑制や皮膚の再生を通じた治療効果があるといわれています。
- 美容皮膚科
- しわの改善、肌の若返り、傷跡の修復など、美容目的での応用が検討されています。
一方、脊髄由来幹細胞治療は、神経の修復や再生によって、慢性疼痛の原因となる損傷を修復したり、また炎症を抑制する効果が期待できます。
脂肪由来幹細胞治療の未来と課題
脂肪由来幹細胞治療は再生医療の分野で大きな注目を集めていますが、その未来は明るい一方で、いくつかの課題も存在しています。
未来の展望
- 幅広い応用範囲
- 脂肪由来幹細胞は多能性があり、様々な種類の細胞に分化する能力を持っているため、整形外科、美容外科、心血管疾患など、さまざまな分野での応用が期待されています。
- 個別化医療の実現に役立つ
- 患者自身の脂肪組織から採取した幹細胞を使用するため、拒絶反応のリスクが低く、個別化医療の実現に寄与する可能性があります。
- 組織工学の進展
- 脂肪由来幹細胞を用いた組織工学の研究が進むことで、損傷した組織や臓器の修復・再生がより効果的に行えるようになることが期待されます。
課題
- 安全性と有効性の確認
- 幹細胞治療はまだ比較的新しい分野であるため、長期的な安全性や有効性に関するデータが不足しています。厳密な臨床試験を通じて、これらの問題を解決する必要があります。
- 規制と倫理的な問題
- 幹細胞治療は倫理的な問題を引き起こす可能性があります。そのため、厳格なガイドラインに従った研究が必要と考えられます。
- コストとアクセシビリティ
- 幹細胞治療は高額なコストがかかる可能性があり、すべての患者がアクセスできるわけではありません。治療の普及には、コスト削減とアクセシビリティの向上が課題となります。
- 技術的な課題
- 幹細胞の採取、培養、移植には高度な技術が必要です。これらの技術をさらに発展させることが、治療の効果を最大化するために重要です。
脂肪由来幹細胞治療の未来は極めて有望ですが、臨床応用を広げるためには、これらの課題を克服するための継続的な研究と開発が不可欠です。
まとめ
脂肪由来幹細胞治療は、変形性膝関節症をはじめとする多くの疾患に対して有効な治療法として期待されています。しかし、この治療法のさらなる発展には、科学的な研究と臨床試験を通じた慎重な検証が必要です。
一方、現時点では神経の修復については骨髄由来幹細胞による再生医療が効果的と言われています。
そこで、『神経障害は治るを当たり前にする取り組み』を、ニューロテック®と定義しました。
脳卒中や脊髄損傷、神経障害の患者さんに対する『狙った脳・脊髄損傷部の治癒力を高める治療』を、リニューロ®と定義しました。
リニューロ®は、同時刺激×神経再生医療、骨髄由来間葉系幹細胞、神経再生リハビリにて『狙った脳・脊髄損傷部の治癒力を高める治療』です。
脳卒中後の後遺症などに対して再生医療の力を借りたい、という方は、ぜひ一度当院までご相談ください。
よくあるご質問
- 幹細胞治療の適応疾患は?
- 閉塞性動脈硬化症、脳梗塞、脊髄損傷、心筋梗塞、変形性関節症、慢性腎臓病、脱毛症、アトピー性皮膚炎など、様々な疾患に対して、幹細胞を用いた再生医療が研究されています。
- 脂肪幹細胞を使った再生医療とは?
- 脂肪幹細胞治療は、患者さんご自身の身体から採取した脂肪細胞から、特殊な方法を用いて幹細胞を培養し、患部に注射する「再生医療」です。 これまで修復されないと考えられていた血管や軟骨、皮膚などの組織を修復することが期待できます。そして自分の細胞を使うため、拒絶反応などの問題が少なく、安全な治療法です。
<参照元>
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