・運動機能を改善するための治療
・膀胱直腸障害やその対処方法
・痛みや感覚障害に対するリハビリ
脊髄損傷の後遺症は運動機能障害だけでなく、様々な障害が起こります。
特に日常生活に影響を与えることが大きい障害は、運動機能障害、排尿・排便に関わる膀胱直腸障害、触覚や位置覚などの感覚障害と痛みなどが挙げられます。
この記事では、脊髄損傷の後遺症の回復に向けた治療方法とリハビリテーションについて解説します。
運動機能回復のためのリハビリ方法
脊髄損傷を発症すると損傷した高さより下の支配神経部位の運動麻痺と感覚障害が起きます。
これらの障害は発症直後から少しずつ改善し、数ヶ月かけて後遺症となります。
障害の重症度を判定するASIA Impairment Scale(AIS)を使用した研究では、入院時に重度麻痺であるBもしくは中等度麻痺のCの方は少なくとも1つグレードが改善すると報告されています。
しかし、完全麻痺のAもしくは軽症のDの方はあまり改善しないと言われています。
(参照サイト:脊髄損傷理学療法ガイドライン第2版|日本神経理学療法学会)
脊髄損傷における運動機能の回復を行うためにはリハビリが必須です。
車椅子での移動や歩行を獲得するためには理学療法を行う必要があります。
理学療法は急性期で呼吸リハビリテーションを行うことから開始します。
特に頸髄損傷では人工呼吸器を使用することも多く、肺炎などの合併症を予防する観点からも早い段階から車椅子への移乗を開始します。
また、麻痺している部位への積極的な刺激入力や自動介助運動などを行い、麻痺の回復促進を行います。
全身状態が落ち着くと回復期病院へ転院してさらなるリハビリテーションを行います。
回復期では日常生活動作の自立が目標となります。
この時期に重要なことは、退院後の生活を歩行で行うか車椅子で行うかを決めることです。
受傷後72時間もしくは1ヶ月のAISを使用することで1年後のAISの予測が可能であり、将来的にどの移動手段を使用するか検討します。
移動手段が決まれば、車椅子の方は脊髄損傷独特の動作方法の練習を行なったり、柔軟な可動域を手に入れるためのストレッチや上肢で身体を支えられるように筋トレを行います。
歩行を目指す方は下肢の筋トレはもちろん、積極的な歩行練習を行います。
近年では、通常の歩行練習のみでなくロボットなどを使用した歩行練習を行うこともあります。
車椅子もしくは歩行のどちらを選択した場合でも、心肺機能の強化は必須になります。
車椅子を駆動する練習や自転車エルゴメーターなどの有酸素運動をしっかり行い、持久力を高めます。
病院を退院した後も筋トレや有酸素運動などを継続することで、運動機能の維持・改善効果を期待することができます。
排尿・排便機能障害への対応策
脊髄損傷では、運動機能の障害のイメージが強くありますが、排尿・排便への対応も重要です。
膀胱への蓄尿や排尿は第2−4仙髄でコントロールを行なっており、この高さより上で損傷が起きると尿閉、下で損傷が起きると尿失禁が問題になることが多いとされています。
これらの問題に対しては作業療法士や看護師が関わってリハビリテーションを行います。
始めに排尿障害がある方が尿路感染症や腎障害のリスクがあるもしくは残尿や膀胱の変形などがあるかを確かめます。
上記のリスクがなく、腹圧をかけるなどの方法で排尿が可能であれば自力での排尿と薬物療法で治療を行います。
リスクがあるもしくは自力での排尿が困難な方はカテーテルを使用した排尿方法を検討します。
自分もしくは家族ができる場合は清潔なカテーテルを使用した間欠導尿法を行います。
難しければ膀胱カテーテルを留置します。
膀胱カテーテルの留置は尿路感染症などのリスクになるため、できる限り自己間欠導尿ができるように練習を行います。
(参照サイト:脊髄損傷における下部尿路機能障害の診療ガイドライン [ 2019 年版 ])
脊髄損傷によって排便中枢である仙髄がダメージを受けると便秘や便失禁などの排便障害が起こります。
便秘は腹圧を十分にかけられないことや、排便のコントロールを行う肛門括約筋が上手く働かないことによって起こります。
便失禁は便意がなく気が付かないうちに失禁することや、便意はあってもトイレまで間に合わないタイプがあります。
排便障害に対しては、規則正しい生活を行うことや食事・薬剤の調整を行うことが非常に重要です。
便秘で自己での排泄が難しい場合は時間に余裕がある時に浣腸や摘便などを行うことで排便します。
排尿障害・排便障への対応は褥瘡などの合併症を防ぐ観点からも重要です。
(参照サイト:排便管理ハンドブック|独立行政法人労働者健康安全機構総合せき損センター)
慢性的な痛みや感覚障害の治療選択肢
脊髄損傷の後遺症としての慢性的な痛みは脊髄神経がダメージを受けるだけでなく、過負荷などによる筋肉の痛みも混ざっていることが多く、様々な要因の影響を受けます。
この痛みは脊髄損傷患者の13−94%が経験するとされており、痛みによって生活の質が低下してしまいます。
脊髄損傷における痛みは難治性とされており、薬物療法が効きにくいと言われています。
しかし、運動を行うことで痛みが改善した報告が多数あり、運動療法が慢性的な疼痛に対して有効です。
運動はできるだけ早くから開始し、自発的な運動を行うことで効果が認められます。
そのため、痛みがあるから動かないのではなく、痛みを抑えるために動くことが重要です。
(参照サイト:脊髄損傷後神経障害性疼痛の評価、診断、治療|J STAGE)
脊髄損傷後は損傷した脊髄の高さ以下の触覚や位置覚などの感覚が障害されます。
これらの障害は急性期以降、炎症や浮腫などの改善にともなって障害が改善するケースがあります。
しかし、一度障害されてしまった感覚障害は改善することが難しいとされています。
そのため、理学療法や作業療法を行い、感覚障害があっても日常生活を送れるように運動を行うことが重要です。
まとめ
この記事では脊髄損傷の後遺症と回復のためのリハビリについて解説しました。
運動機能障害に対しては理学療法などのリハビリを行うことで日常生活動作の自立を目指します。
排便・排尿障害は感染を防ぐために排尿方法や排便方法を検討し、一人一人にあった排泄方法を獲得することが重要です。
痛みや感覚障害は経過で改善することもありますが、症状が残ることも多く、感覚障害と付き合いながら生活動作を獲得することが重要です。
脊髄損傷で神経を損傷してしまった後の脊髄の治療は確立されていませんが、再生医療にはその可能性があります。
今後、神経再生医療×リハビリテーションの治療の研究は進んでいきます。
私たちのグループは神経障害は治るを当たり前にする取り組みを『ニューロテック®』と定義しました。
当院では、リハビリテーションによる同時刺激×神経再生医療を行う『リニューロ®』という狙った脳・脊髄の治る力を高める治療を行なっていますので、ご興味のある方はぜひ一度ご連絡をお願いします。
よくあるご質問
- 脊髄損傷の回復期リハビリテーションとは?
- 脊髄損傷後の回復期リハビリテーションでは、日常生活動作の再獲得を目指します。
最も重要なことは早い段階で今後の生活を歩行にするか、車椅子にするかを決定し動作の獲得に向けた練習を行うことです。 - 脊髄損傷の治療方法は?
- 脊髄損傷の治療方法は手術療法と保存療法があります。
脊柱の不安定性やリハビリを早期に始めたい場合に手術を行います。
どちらの治療を行う場合でもリハビリは必要になります。
<参照元>
(1)脊髄損傷理学療法ガイドライン第2版|日本神経理学療法学会:
https://cms.jspt.or.jp/upload/jspt/obj/files/guideline/2nd%20edition/p107-129_02.pdf
(2)脊髄損傷における下部尿路機能障害の診療ガイドライン [ 2019 年版 ]:
http://japanese-continence-society.kenkyuukai.jp/
(3)排便管理ハンドブック|独立行政法人労働者健康安全機構総合せき損センター:
https://sekisonh.johas.go.jp/file/nursing/bowel_control_handbook.pdf
(4)脊髄損傷後神経障害性疼痛の評価、診断、治療|J STAGE:
https://www.jstage.jst.go.jp/
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